アリにはなれません

キリギリスでごめんなさい。自営業でアラカンぐうたら家事へた主婦の雑記ブログです

自分の親は死なないと思っていた

今年も年賀欠礼のはがきが11月下旬頃から
届き始めました。

ウチにとっては、過去最高の枚数になりました。

友達は私と同年代ですから、
親も同じくらいの年齢です。
80代後半が多いです。

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お悔やみの電話を入れると、
多くの人が「コロナが憎い!」と言いました。

コロナ禍だからお見舞いに行けない。
顔を見に行けない。
元気づける言葉もかけられない。

病状や日々の様子を聞きたくても、
病院に電話するわけにもいかない。

医療従事者があれだけ大変な思いをしているので、
軽々しく電話なんて出来なかったそうです。

今年入院された患者さんは、
本当に寂しい思いをしましたよね。

普通だったら、家族の顔を見たり、励ましの言葉で元気になれたはず。

今年はコロナだから・・・我慢して入院していたのかな?

家族に会えない悲しさ、辛さで、どんどん悪化してしまった方もいました。



電話を切ったあと、数年前に亡くなった母を思い出しました。

毎日行けるからと、車で15分程の病院に入院させました。

母も家族と会える所が良いと言いました

ところが、私は仕事と家事でクタクタ。
1日おきか、3日に1回が精一杯でした。

そんな私に母は、
「もう帰っていいよ。夕ご飯の支度があるんだろ?」と。
病室に入ってから何分も経っていないのに・・・

色々話したい事があっただろうに。

病人なのに、健康な娘のことを気遣ってくれて。



母の病気は急激に悪化しないと思っていたんです。

何カ月も入院していたけれど、いつ行っても変わらない。

このままずっと、同じ症状が続くんだろうな。

そんな風に勝手に思い込んでいました。

最後の頃は、だんだん食事が摂れなくなりました。

それでもまだ私は、母はまだまだ死なないだろう。

変な自信がありました。
なんの根拠もありませんが。

ところが、父がカゼをひいてしまい、
母の所へ連れて行けない、私も行けない。

そんな日が7日続き、やっと母の所に行った時、
急激に衰弱し、悪化していました。

やはり家族に会えない事が、大きなダメージを与えたのでしょうか。

次の日のお昼頃、看護師さんから電話をいただき、
「明日と言わず、今日の内に会いに来てあげてください」と
言われました。

最後の最後まで、自分の親は死なないと思っていました。
けれど、死んでしまうんですね。

看護師さんに感謝です。

最後に家族で母に会えて本当に良かった。

その夜、母は息を引き取りました。



今年のコロナ禍でお亡くなりになった方やそのご家族。
最後に会えなかった方が大勢いらっしゃるそうです。

憎きコロナが1日も早く終息することを祈るばかりです。



最後まで読んでいただき、
ありがとうございます。

では、また!